現有19形式 ④ C57 優美の象徴機

梅小路機関区にてC5715(一次型)  DF50とともに 梅小路蒸気機関車館になる以前 昭和45年7月

 C55の改良型として1937年から製造第一次型は138輌(1~138)。第二次型は31輌(139~169)テンダー台車が鋳鋼製から板台枠に変わった。第三次型は戦後の1946年に20輌(170~189)製造。先輪がディスク輪心に、放熱菅がランニングボードの下に移動、ボイラー上、ドームの前にあった逆止弁が右横に下りた。第四次型は1946・1947年に12輌(190~201)製造。ボイラー内径が太く、密閉キャブ、テンダーは船底形・鋳鋼台車、動力逆転機装備、デフは角を落としたタイプ。1次型と並べるとほぼ別形式のよう。

カツミシュパーブラインの未塗装の4次型と塗装済1次型 模型では4次型の方が先に発売されたようだ。

 久保田博氏の「懐想の蒸気機関車」ではC57を優美の象徴機と紹介している。現役末期の頃はよく「貴婦人」と呼ばれていたが、私は恥ずかしくてそんな風に呼んだことはない。まあ、優美。モダンでスマート。大根足とは言わないがちょっとマッチョな足回り。客車を牽いて走る姿がカッコいいです。

3次型C57187 日豊線にて 昭和46年3月
トンネルから出てきたのは4次型のC57192 日豊線にて 昭和46年3月
C571  もちろん1次型オリジナルの12系客車の山口号 
カツミシュパーブラインの1次型に同じくカツミの12系客車を牽かせて
日豊線青井岳にて門鉄デフのC57
客車牽引が様になる青井岳を行く門鉄デフC5736(たぶん)
関西本線亀山機関区で出会った集煙装置・重油タンク付きのC57148 2次型のはずなのでテンダー台車は板台枠のはずなのに鋳鋼製。よくあることでしょうか。
 C57も延べ50輌近くが重油併燃装置を付けた、理由は石炭事情の悪化や煤煙防止などである。しかしはじめは賞用されても、転属などに起因し装置の活用を中止し、竜頭蛇尾に終わったものが多い。国鉄の得意わざでもある。(臼井茂信著 機関車の系譜図4)

 集煙装置や重油タンクは優美なC57の形態を崩すと言って嫌う人も多いと思いますが、私は結構好きです。カメラだとニコンFのアイレベル付きは美しいがフォトミックFTNファインダーにソフトシャッターレリーズAR-1を付けたごちゃごちゃしたのも好きというのと似ています。(わかるかな)

総武線最後のC57105 新小岩機関区にて 昭和45年頃

“現有19形式 ④ C57 優美の象徴機” への1件の返信

  1. ついでにもう一つコメント。
    てっちゃんは君といった半年しか経験がないので、SL19形式は半分も動いているところを見ていない。今思えば、もう少し見たかったかな。
    昨年、草津でゴルフの帰りに特急電車で渋川に停まった時にホームに人だかりができていました。何かと思ったらいわゆる観光列車でC61が牽いていました。C61は初めて見る形式で、妙に感激しました。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。